富岡保育園へようこそ!「伸びる。成る。子どもも大人も互いに伸び合い、成長し合う『大きな家』でありたいと願い、社会福祉を支えています。

富岡保育園

副園長ブログ

目的やルールのない組織作り

きのうの補足から。富岡北地区まちづくり協議会主催「田んぼの生き物観察会」にて見つけることができた“コオイムシ”について。見た目はタガメに似ているのだけど、しょうしょう鎌の形状が違うんですね。また大きく違う点は何と言っても、その名前の由来にもなっている“子育ての仕方”です。

タガメ(水中のギャング)は、水草などにメスが卵を産みつけ、そしてオスが保護しながら子育てするそうなのですが‥(メスはときどき卵を捕食までするのだとか※最強の肉食女子)

コオイムシの場合は、メスがオスの背中に卵を産みつけ、オスが子育てするんですね。(子どもを背中に背負っていることから“コオイムシ”と呼ばれているみたいです※子育てをオスがすることから“あべこべ虫”とも言うそうなのですが、現実社会ではそんなこと言ってらんないでしょう)


さて、ここからも、きのうの補足になります。富岡北地区まちづくり協議会や、富岡保育園、また富岡北地区の大人や子ども、また富岡北地区でない大人や子ども、さまざまに集い合った「田んぼの生き物観察会」でしたが‥

優しい眼差しで見守ってくださる大人たちの中で、のびのびと遊ぶ子どもたちの姿を見ると、まさに『子ども1人を育てるためには1つの村が必要である』という、どこかで聞いたことがある言葉に大きく共感するものです。

では、どのような“村”(コミュニティ)であれば、優しい眼差しや、のびのびとした姿が守られていくのでしょうか。

社会活動家である武井浩三さんによると、「“目的”をなるべく薄めたり、あやふやにしたり、あいまいにしたり、無くしたり、そんなコミュニティであれば、出たり入ったり、風通しが良かったりするのではないでしょうか。特に“暮らし”(生活)に近いコミュニティであれば、“そこで生きること”だけにしておけば、排除されたりすることもないですし、トラブルが起きても、なんとなく解決されていくものではないでしょうか。」

さらに‥「目的の強いコミュニティでは、集う人は目的に対する手段になってしまう。また“ルール”をたくさん作れば作るほど、守ることが難しくなり排除される原因になりかねい。」


武井浩三さんのコミュニティ作りの考え方は、あらためて保育を“丁寧な暮らし”と位置付け、さらには仮想現実空間「とみほ村」を運営するにあたって、とても興味深くそれでいて参考にしたいと思いました。

ついつい、目的を定めようとしたり、ルールを作ろうと励みがちになるのですが‥目的をあいまいにしたり、ルールを無くそうと努力することって、なかなか思いもよらない発想ですよね。

『ただ、ここで“生きる”ことだけ』を全力で肯定される場所、そんなコミュニティに「とみほ村」が向かうことができればと思っています。


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6月らんらんピクニックday
2022-06-27
ヌマガエルのお腹は白い!?

「あっ!カエル!」

「こっちにも、おったど!」

きまって富岡北地区の日曜日はとても静かなものですが‥6月26日午前9時は、いつもと様子が違ったようでした。

なぜかって、本日は【富岡北地区まちづくり協議会】主催の、『田んぼの生き物観察会』が富岡北地区の方の田んぼで開催されたからなんですね。

地域の子どもたちなどを対象に呼びかけられた地域のイベントではありますが‥「富岡保育園に通われている子どもたちも是非‼︎」と、ありがたく声をかけてもらったんです。日曜日の午前ではありますが、4.5家庭の親子たちが足を運んでくださいました。

富岡北地区まちづくり協議会のメンバーに加え、地域のボランティアスタッフ、そして小学生や園児や保護者を含めて総勢30名をこえる活気の良いイベントになりました。

いろいろな垣根をこえて集まった人たちが、“子どものために”と優しい愛で包んでくださる(見守る)ことで、子どもたちは安心して(心の安全基地)田んぼの中を突き進んでは、泥んこが飛び散ろうと、満面の笑みで楽しめたのではないかと思います。(子ども1人を育てるには1つの村が必要不可欠)

貴重な体験の提供をしてくださいました、富岡北地区まちづくり協議会の方々、また地域のボランティアの皆さま、誠にありがとうございました。今後も地域の方と手を取り合い、思いやりを交わし合いながら、子どもたちの未来に希望をつなげていきたいと思います。


※このたび、富岡北地区まちづくり協議会のメンバーの中に学校の先生をなさっていた方がおられて、見つけたり捕まえた生き物について詳しくご教授してもらえました。子どもたちは、自分で触った生き物を目の前に、図鑑に記されているよりも詳しいであろう熱血的な説明に、とにかく目も耳ものみこまれるように聞き入っていました。

※本日GETされた生き物「ぬまがえる・あかがえる・こおいむし・くるまばった・あめんぼ・アメリカザリガニの赤ちゃん」etc‥ぬまがえるの特徴はお腹が白いんですね。生き物をより詳しく観察する時は、バケツよりも、透明のビニール袋などに入れると良いそうです。


~村上の一言~

人生二度目(一度目は小学生の頃で覚えていない)の田んぼ体験。泥んこのなかを歩くと、自然と笑顔になるもんですし、歓声をあげちゃうもんです。体重の重たい僕は、足がより深みにはまっていくので、それは一歩ずつ慎重に‥その隣を子どもちはチャプチャプ勢い良く進んでいくんです。富岡北地区まちづくり協議会のメンバーから、「村上先生、ここで派手にこけたら絵になるよ!」と、誘われましたが‥このたびは広報カメラを理由に丁重にお断りしました。いや〜しかし、楽しかったです!


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おったで!
図鑑より詳しい熱血的説明
2022-06-26
ページをめくる指先微細運動

先日、笠岡市立図書館が開催するリサイクル展(傷んでいたり状態がおもわしくない本を無料で頂けるイベントです)に足を運んでみたところ‥子どもたちが喜んでくれそうな可愛い絵本であったり、小学生などであればより興味を持ちそうなぶっとい図鑑がありましたので、いくつかいただき、さっそく富岡保育園の絵本ゾーンに並べてみました。

もちろん可愛い絵本に手ののびる姿もありましたが、それ以上にぶっとい図鑑を何人かの野郎ども(男の子たち)で囲む姿の方が印象的でした。

恐竜シリーズのページを一枚一枚めくりながら、「あ!これ!アルバートザウルス!」「俺は、こっちの方が好き!」「こいつの方が強いんじゃけん!」だとか、とにかく語気が熱いんですね。恐竜シリーズをひとしきり囲んだ後は、次は虫シリーズであったり、他の生き物シリーズへと手をのばしていくわけですけども‥

ページをめくる手が止まるのは、トカゲであったりクモであったり、僕から見れば気味の悪めなグロテクスめな、おぞましげめなページで止まっては野郎どもの会話か弾んでいるんです。

野郎どもにとっては、日常の虫捕りなどをしているときに出くわす生き物に似ていたり、さらにはそれを超えるような逸材には目がないのでしょう。

「これ、ヤバイ!毒がありそう!」その強烈な模様であったり、妖艶さをまとった雰囲気を見るだけで毒の有無を感じとったり、またそれを魅力的かつ憧れの存在としているようなのです。


現代で言えば、わざわざ、ぶっとい図鑑なんかでなくとも、お手軽かつスマートなiPadなどのデジタル機器を用いればさらなる情報や知識が得られるのは間違いないでしょう。

ただ、ぶっとい図鑑を手にとる時、その重厚感からくる何とも言い難いワクワク感(好奇心)の広がり。また野郎どもの語気を荒げて(コミュニケーション力)囲む興奮さめやまぬ雰囲気。そして何度もめくっていくうちに、そのお好みのグロテスクゾーンをすぐに引き当てる指先(手指は第二の脳)の覚え。

時代遅れと言われようとも、昭和をひきずっていると言われようとも、富岡保育園ではまだ当分とデジタルでなく、そのアナログでしか成せないメリットに乳幼児期は価値を見出していきたいと思います。


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好奇心の集まり
2022-06-25
遊びの消費者!?創造者!?

『やりすぎ教育~商品化する子どもたち~』臨床心理士、元武蔵大学人文学部教授 武田信子ー日本の子どもの精神的幸福度参加38か国中37位(2020年、ユニセフ調査)よかれと思って、詰込みすぎて‥教育熱心と教育虐待、ボーダーラインはどこにある?


なんとも辛辣な言葉が羅列されたこの著書ですが‥子育てに携わる保護者であれ、また保育者や教育者などにとって、良い意味で立ち止まって省みる機会を与えてくれているようでもあります。ただ単に、親や教師(保育者)に対してバッシングしたものではなく、社会の変化に伴っていることを刻々と説明した上で、それを社会全体で予防(または仕組みや風潮を作り直す)していこうよ‼︎との愛のあるメッセージでもありました。


本日はその中でも、“遊び”の重要性を説いた「第4章~遊べない子どもが増えている~」を紹介してみたいと思います。

IPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)では、「遊びの重要性に関するIPA宣言」を出しています。以下にいくつか記述してみたいと思います。

・遊びは子どもに生きる喜びを与え、自らの文化や社会の中で生き抜くために必要な心身の健全な発達を促す。

・遊びは子どもが自分で初めてコントロールして作っていく行動、活動またはプロセスである。

・遊びは身体や人間関係、心の発達を促すために進化、発達してきたプロセスである。

・体を動かしたいから動かしていることが、結果的に効率的で効果的な筋肉の成長や身体の健康、幸福、つまり、柔軟性や敏捷性、バランス感覚、調整能力や満足の増進につながる。

・遊びによって原始的な感情(怒り、おそれ、嫌悪、ショック、悲しみ、楽しみ)を理解、調整することを学び、より細やかな感情(嘆き、喜び、不快、慈愛、満足、失望)の段階に入っていく。

・遊びは脳の皮質結合や神経機構を促進する。遊ぶとき、神経は体に命じて、脳の発達を促し、柔軟性を高める神経経路を開拓させる。

・目に見える特定の学習成果をあげることよりも、効果的な学習回路を作るのに役立つ。

・人と遊び心のあるやりとりをすることで、人間関係や愛着、言葉や役割、また社会の構造について、正しく理解できるようになっていく。

・遊びは子どもたち自らが遭遇する問題に柔軟に対応していく方法を身につけることを促す。


以上の“遊び”の重要性を認識した上で、問題は“遊び”の内容になります。

サッカーのようにコーチがいてルールがある中で遊ぶことなのか‥

有料の遊園地のように動く装置に乗ったり仕掛けを楽しんだりして遊ぶことなのか‥

遊び方が決められた安全な遊具のある公園で約束を守って遊ぶことなのか‥

スマホゲームのようにあらかじめ誰かがプログラムした遊びに乗っかって遊ぶことなのか‥

それとも特に遊具も設備もない戸外で大勢の子どもたちの中に自分の居場所を見つけて工夫して遊ぶことなのか‥


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遊びの創造者
2022-06-24
村上に背後をとられた男の子

下ネタなのか、下世話なのか、とにかく保育園公式ホームページのブログに掲載してもいいものなのか‥ある種の物議を醸し出す可能性があることを覚悟した上で綴っていきたいと思います。


それは性別で言えば限りなく男の子たちが起こす現象なのですがね‥紙オムツから、パンツへと、トイレトレーニングが進んでいく段階で、ある行動をちらほらと見かけるようになるんです。

ー立ちションーです。もちろん保育者はトイレの便器をめがるようにと指導するわけです。

しかし‥(注釈:男の子全員ではありません)トイレの便器でなく、例えば園庭の端っこでコッソリとしたかと思えば、ある子どもは水遊びの続きから溝にめがけて‥またある子どもたちで言えば縁側から通路へ豪快に、そしてどちらが尿を遠くまでとばせるかなんて競い合っちゃったり‥。コッソリであろうと、豪快にであろうと、たいていは目撃者に発見され大人(保育者)へ密告されるわけです。事の顛末は、きまって怒られるのは言うまでないでしょうよ。

上記の話を、成人男性にすると、たいていは記憶のどこかでー立ちションーを、トイレの便器でないところで、コッソリまたは豪快にしていたりするんです。(保育所保育指針などの発達段階などに明記されていれば怒らずに済むものなのでしょうか)


~こぼれ話~

先日、その現場、つまりはー立ちションーをグレードアップさせたー野ションーの瞬間に立ち会ってしまいました。ある場所で、それは豪快に、もちろん便器で無いところに大きな水たまりを作っているわけです。僕はその背後にいたものですから、表情は確認できませんでしたが、予想するにそれは大真面目に真剣に喜びを味わっていたのでしょうよ。

しかし、すべてを出し切り、ホッと息を吐いたと思えば、振り返れば、大人(村上)がいたわけですよ。すぐさま振り向く様を戻し、正面を向いてただただ呆然として固まっていました。さらに予想すると、野ション(野生なる立ちション)をした子どもは「村上よ。お願いだから、この場から居なくなって。」と心の中で祈ったはずです。

そのありありと伝わってくる心情に、現場クルーをお手本のように、その気持ちに寄り添うことができていたら、どれだけ野ションを満足気に放った子どもは救われたでしょうに。ほぼ間違いなく、その後に村上が雷オヤジ化したことは記憶のあるうちに記しておきましょう。


~もうひとこぼれ~

野生なる立ちション中に、運が尽きてしまい、雷オヤジ村上に背後をとられてしまった男の子。あれから会うたびに、いつも以上に愛想ある言葉をかけてくれる上に、見たこともないようなメジャーでないマニアックな虫を捕まえて見せてくれるんです。その男の子にとっては最上級の愛想なのでしょう。村上としてはさほど虫が好きなわけではありませんが、お返しにマニアックな虫を見つけて捕まえてあげました。


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2022-06-23
総勢9人での紆余曲折ドラマ

園庭の随所に蜘蛛の巣を多く見かけるようになりました。それだけ蜘蛛の餌とする虫が多くいるのでしょうか。雨の日には、雨粒がきらびやかに蜘蛛の巣にかかることも、ひとつの風流なのかもしれませんね。


さて、本日はトミホクルーが綴ります愛の物語「ナラティブツリー」を紹介してみたいと思います。

※Narrativeとは、完結しない、結果が定まっていない、感じるような物語を意味します。その物語をコミュニティとして1つの木(Tree)のように大きく育てていこうとする意図から名称されました。


title それぞれの思い

Aちゃん(5歳8ヶ月)、Bちゃん(5歳0ヶ月)、C君(4歳4ヶ月)が、パラソルのついたテーブルに椅子をかけて、すべり台にして遊んでいた。

その楽しそうな様子につられて、W君(3歳11ヶ月)、X君(3歳7ヶ月)、Y君(4歳0ヶ月)、Z君(4歳4ヶ月)は、「やらせてー」とお願いすることもなく、すべり台を登りはじめた。

それを見て、Aちゃん・Bちゃん・C君が、「よしてーって、言ってないし!やめてー!」と言うが、4人は話も聞かずに何度も登ろうとしていた。

私は、「楽しそうだったけ、やりたかったんじゃない?」と言うが‥

Aちゃんが、「だって、いっぱいになったら、できんくなるんじゃもん!」と言うので、私はAちゃんたちにも思いや言い分があるので、何も言わずにそっとしておこうと決めて、見守ることにしてみた。

すると、Aちゃん・Bちゃん・C君の3人は、ずっと「もう、やめてー!」「こわれるじゃん!」と何度も言い続けていた。それでも、4人は話を聞こうとせず、登り続けた。

そんなやり取りが長く続いて、解決しそうになかったので、私が「お話を聞いてあげたら?」とだけ4人に言うと‥

Y君が「やーめた!」と言い少し離れた。私が「かっこいいね。ちゃんとお話聞いてあげたんじゃね。」と言うと、X君とZ君もやめた。しかし、W君はそれでも続けた。

やめてと言い続けるが、W君は全然やめようとせず、ついにAちゃんは泣きはじめた。

それを見て、C君が「やめて!」と言いながら怒ると、W君はC君のことを叩いてしまった。

手を出すのはいけないと思い、私はすぐに止めに入ったが‥W君はテラスの下に隠れてしまったのです。

ただ、ちょうどその時に、W君のお父さんがお迎えに来てしまったんです。お父さんに経緯を話し、私とお父さんで「出ておいでー。」と言ってもW君は頑なに出てきません。

何度か声をかけるたびに、私が「すべり台したかったんよね?」と言うと、W君は「うん。したかったのに、させてもらえんかった。」と返事をしてくれた。

「じゃあ、一緒にすべらせてもらえるかお願いしてみよう。」と声をかけると、気分が変わったのか、テラスの下から這い出てきた。

私はW君に嫌なことがあってもお友だちを叩くのは良くないことだと伝え、一緒に謝りに行くことを誘った。すると、W君は「先生と一緒なら行く。」と言ったので、同行した。そしてC君はすぐに許してくれた上で、「すべり台さーせーてー。」のお願いにも、C君を含め、Aちゃん・Bちゃんは「いいよー。」と言ってくれ、やっとすべり台を楽しむことができた。


私は、なんとかみんなで解決できるようにと見守っていたが、なかなか解決できなかったので声をかけることを選んだ。

3人はW君が入れてと言わずに無理やり入って来たことが許せなかったのだと思う。

W君もやりたい気持ちが大きくなり過ぎて話を聞かずに登り続けたのだと思う。

そして怒りながら言われ続けたことにカッとなり、最終的に叩いてしまったのだと思う。

そんな中で、保育者が仲立ちをすることで、お互い素直になり、仲直りでき、すべり台をみんなで楽しめたのだと思う。

子どもたちだけで考えることも大切だけど、時と場合により保育者が仲立ちすることも必要だと思った。

あらためて見守ることは難しいと感じた。

ミマモリストF

〈村上の見解〉

私、つまり、ミマモリストF先生も含め、総勢8人、いやお迎えにきたお父さんを含めると9人が繰り広げた、喜怒哀楽、紆余曲折する心の変化がたっぷりと詰まったエピソードではないでしょうか。

まず、F先生が反省としてあげた、“声をかけない”or“声をかける”の選択について。文脈からは終始「迷い続けた」ことが伝わってきます。

が、『見守る保育』の真骨頂のようなところがありまして、やはり保育者自身が子どもたちの“心に寄り添っているから”こそ迷ったのだと思うのです。

なぜかって、寄り添うことを選ばなければ、冒頭のトラブルになりかけているところで、すぐに声をかけて、大人の威厳と思慮深さを駆使して、子どもたちを無理にでも納得させてしまえばよかったのですから。

けれども、F先生は、自分の葛藤とたたかいながら、それでいて子どもたちの心に寄り添い続けたんですね。

そこで、僕は思うのですが、そんな心に寄り添ってくれるF先生が見守ってくれていたからこそ、Aちゃんを含めた3人、W君を含めた4人は、「自分の想いを伝える」「自分の欲求を表す」ことができたのだと思うんです。

結果として、想いと欲求とが衝突してしまったのですが、ここではお迎えに来たお父さんを含めて、皆が「F先生がいるから大丈夫。なんとかしてくれるだろう。」と、F先生に対して【信頼関係】を築けていたことが、安心感を心に携えながらの衝突ドラマになったのではないかと思います。

※つまり、8人はF先生を【心の安全基地】としての存在としてみなしていたことが分かります。


ただ、このようなエピソードは日に何度も連続して(むしろ同時に)起こるもので、その都度、保育者たちはF先生のように、子どもの心に寄り添うことが求められます。プロの成せる業だなと感心もしますし、尊敬するにやみません。ただ、それにはもちろん悩んだり、葛藤したりと様々に保育者も心が揺れ動くものです。だからこそ、その気持ちを仲間とシェアしながらほぐすことも大切なのだと思います。(チーム保育)


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2022-06-22
高校生活集大成を迎える時期

気がはやいと感じる方もおられるでしょうが‥先日、ある団体と“冬空に優しく灯るイルミネーション”の打ち合わせを、私設公民館とみほ村文庫で行いました。

まだ、猛暑も迎えていないにも関わらず‥もう、寒空模様の冬の話しをしちゃってとお思いの方も、これには訳がありますのでお聞きください。

まずは、ある団体の説明から‥富岡保育園と同じく、「笠工テクノ工房」と呼ばれる、笠岡東学区にあります「岡山県立笠岡工業高等学校」で地域貢献を目指した取り組みをしている団体です。

実は、富岡保育園は、かれこれ4年連続でお世話になっていまして‥初年度は園庭に木製のテーブルやベンチを作ってもらい‥2年目からイルミネーションをお願いさせてもらっています。

ただ、「笠工テクノ工房」のメンバーは高校3年生ということもあり、春にはインターハイを目指した部活動があり、夏には就職活動がありと、とにかくお忙しいのです。つまりは、高校生活の集大成を迎える時期の合間を縫って、このたび早めに打ち合わせに来て下さったのです。

依頼した私たち(富岡保育園)としては、学生が地域貢献することで、“なにか”を学べたり、感じたり、おこがましいですが新しい自分を見つけることができれば、なおいっそう良いだろうなと思うわけです。

イルミネーションの打ち合わせ後には、園内を見学していただき、そして園児との交流に時間を作ってもらいました。抱っこやおんぶをせがまれては、こころよくたっぷりと付き合って下さり、園児にとっても、また学生にとって“なにか”を得る時間になったことは、表情や雰囲気からありありと分かるようでした。


「とびっきりのイルミネーション作るんで、任せてください!」との言葉を頂戴しました。12月ごろにはお目見えする予定ですので、乞うご期待くださいね。

笠工テクノ工房の学生様、また担当の笠岡工業高等学校の先生方、打ち合わせ、そして園児との交流に誠心誠意を尽くして頂きありがとうございました。また学校帰りなど、いつでも気軽に園に遊びに来て下さいましたらとも願います。


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★「富岡保育園で〇〇のイベントがしたい!」「富岡保育園とコラボ企画がしたい!」などのお声がありましたら、まずはお電話ください。担当はわたくし村上です。宜しくお願い致します。

作業着の袖をたぐり寄せて
別れを惜しむハイタッチ
2022-06-21
梅子黄(うめのきばみ)の候

芒種の節気です。梅子黄の候となり、梅雨入りを知らせています。御元気でのご活躍、新聞等でも拝見しています。先日は丁寧な報告をいただきありがとうございました。少しずつ読んでいます。思いがけない季節のくだもの、家中の者ともども楽しんでいます。県西部で一番の心遣いを具体化されている園だと耳にしています。皆様のお元気でのお仕事と、お子さん達の優しい活発な声を願っています。重ねてのお心遣いありがとうございました。


冒頭から連ねさせていただきましたのは、社会福祉法人「伸成会」理事の方からのお手紙です。先日、活動報告などの詳細を郵送したところ、ご丁寧な返信を頂きました。さまざまな方から守られていることを改めて感じるしだいで、感謝に加えて非常に励みにもなっています。


ただ、このお手紙‥ちょっと、村上には勉強が必要となりましたので、ブログ読者もご一緒にいかがですかね。

まず【芒種】という、聞き慣れない言葉。“芒”は、“のぎ”と読むようで‥稲の穂先にある針のような突起のことを芒というそうなんです。つまりは、稲や麦など穂の出る植物の種を蒔く頃のことだそうで、麦の刈り入れや田植えの目安などにもされているのだとか。

つぎに【梅子黄】です。“うめのきばみ”と読むようで‥梅の実が薄黄色に色づく頃。ちなみに梅雨という言葉は、梅の実が熟す頃の雨という意味みたいです。黴(カビ)が生えやすい季節なので、黴雨(ばいう)とも言うそうですよ。


理事の方のお陰様で、勉強になりました。知らないことを知ることって楽しいですよね。

また、先日たちが作った言葉って、“自然”に“暮らし”が上手い具合に入り込んでいると言いましょうか‥人間本位でなく、自然に敬意を払い生きる様がありありと見えてもきますよね。


~おまけ~

富岡保育園の園庭には、桜の木のそばにスモモの木があります。梅とも似ていますが、こちらは実が赤く染まってくるようで、本日食べごろの模様です。


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食べごろかな
2022-06-20
自分の命をどのように使うか

かたちこそ 深山がくれの 朽木なれ

心は花に なさばなりなむ


先日、足を運んだ映画の、ラストシーンに記された短歌です。

この映画、タイトルは「峠」。司馬遼太郎さん作の長編歴史小説を映画化したものなのですがね。いわゆる、混迷を極めた幕末期に、坂本龍馬並みに活躍したと言われる、そして日本最後のサムライと称される「河井継之助」に焦点をあてて、“武士とはいかなるものか”を探求した作品でした。2時間の映画におさめるには多少の無理はあったようにも感じましたが、節々に、武士のその美しい生き様が言葉や所作や精神に描写されていました。

特に、主役の河井継之助で言えば、すでに新しい日本を見据えて、かつ海外への視野も広がってもいた‥だけれども、日本という国の、それでいて、徳川幕府への三百年の忠義と、また小藩ながらの長岡藩主への恩義の中にある、家老・河井継之助という立場をわきまえ、全てを尽くし、そして潔く散っていくわけです。

ただ、映画では、意外にも河井継之助の妻にあたる「おすが」、つまりは武士の妻にも大きく焦点をあてていたんですね。戦場でいつ死んでしまうかもしれない夫を前に、不安な表情をすることも許されず、いつも“明るく・淡々と・生きる”ことを、まさに生業とし、またその覚悟の強さは、夫をも凌ぐほどでもありました。冒頭の短歌は、幕末期、長岡藩としての負けをすべて背負った継之助の妻として生きる、おすがのつぶやいた歌でした。

“私はみかけこそ奥山に隠れた朽木ですが、けれども心にはきれいな花を咲かせようと思えば咲かせられますよ”といった静かな強い意志が込められた歌です。


さて、サムライに憧れる村上太志としては、河井継之助に影響されないわけにはいきませんよね。

現在、岡山県笠岡市という人口5万人にも満たない町の、社会福祉法人伸成会の事業のうち、超少子高齢化ど真ん中の富岡北地区にあります富岡保育園で副園長という立場をいただき、日々を全うしています。

実は20代には、園長先生の計らいで、全国浦々の保育園を多く見学させてもらった経緯が僕にはあるんですね。調べたり、また人伝えに、魅力を感じる施設に飛び込んでは、またそこで出会った先生方からもたくさんエネルギーを頂きました。とあるウイルス渦になれけば、ドイツへも数週間ほど勉強に行く予定もありました。

が、現在で言えば、もちろんまだまだと、保育施設だけでなく、国内だけでなく、さまざまに足を運びたい思いもありますが‥隣の芝生は青く感じるのもありますが‥結局のところ、その土地、その場所、そのコミュニティ、そしてそこに集まる人でしか出来ないことが大半に占めているんですよね。


自分の命をどのように使うか

どのように命を燃やすか

自分の立場をわきまえ、忠義や恩義に真っ直ぐに向き合い、それでいて日々を明るく・淡々と・生きることこそ、これからの僕の人生の課題だと改めて認識した、今日この頃でございます。


★添付写真は、実習生に日誌担当保育者がアドバイスをしているシーンです。日誌担当保育者「実習生が、反省・考察のなかで、具体的なエピソードを毎日綴ってくれていたので、アドバイスを具体的にしやすかったです。」との感想を頂きました。※7月入りの実習生も2人予定しています。ブログ読者の方も含め、応援宜しくお願いします。


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実習生と日誌担当保育者
2022-06-19
ナンデマンのナンデビーム!

この折に、惑星トミーホを席巻する【ナンデマン】の生態をすこしだけ明らかにすることにしましょう。

ナンデマンは、やたらと惑星トミーホの入り口、つまりは玄関口に朝や夕方になると現れます。玄関口の朝や夕方と言えば、園児と保護者がいっしょに登園したり、降園する時間帯なんですね。

ナンデマン「ナンデ、キョウハ、メガネ、カケテナイノ?」

ナンデマン「ナンデ、キョウハ、アカチャン、ツレテキテナイノ?」

会う保護者一人ひとりに声をかけるナンデマン。

仕事に行く前であったり、仕事終わりであったり、つまりは大人が急いでいるであろう、その時に、ナンデマンのナンデビームは炸裂するわけです。

が、ナンデビームから避難しつつ、ある一定の距離から耳を澄ますと、おもしろい発見を2つすることができました。

ひとつ目は、ナンデマンの卓越した観察力です。ナンデビームを炸裂させるには、毎日相手(このたびは、いろいろな保護者)のことを注意深く観察し、昨日と今日などでの細かな違いに気づかなくちゃいけないんですね。

そして、ふたつ目。ナンデビームを連日のように炸裂させ続けていくと、相手(このたび、いろいろな保護者)も覚醒しちゃうんです。ナンデマンに対して、大人と同じように筋道をしっかり立てて答えるようになるんです。(逆に言えば、ナンデビームの攻略は、1人の人間として、誠心誠意答えることが鍵なんです。つまりは、ナンデビームを子ども扱いして適当にあしらおうとしてしまえば、ナンデビームの嵐が巻き起こってしまうのです。)


~おまけ~

本日、富岡保育園では6月入りの実習生が無事に保育実習①を完了することができました。このご時世のなか、心身を10日間整えやり遂げることが出来たのは2人にとって大きな大きな財産になることは間違いないと思います。2人のこれからの学校生活にも応援の気持ちを送りたいです。fight‼︎

でもって、そんな2人が本日、子どもたちに出し物を披露してくれました。紙で作った人形、このたびは、タヌキとキツネが手品をする題材でペープサートを演じてくれました。

そして、もちろんナンデマンも鑑賞者として参加していたのですが‥

実習生の1人が、新聞紙を何回もやぶった挙句、丸くまとめ、そして広げてみると、元通りになっているんです‥

もう1人が、新聞紙を2つに折って、その中に水を注ぎ、そして広げてみると、新聞紙は濡れることもなく、また水も無くなっているんです‥

ナンデマンのナンデビームが炸裂する、その時か‼︎と、思われたのですが‥

あまりにも驚きが過ぎたのでしょう。ビックリし過ぎると、開いた口がふさがらず、ナンデビームは繰り出されることはありませんでした。


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手で持つとチクチクするキュウリを切ってます
2022-06-18
鴨方高等学校特別授業に参加

「保育園の先生という職業を通して魅力的な人間になろう!」

どこのどいつがそんな一丁前のことを言ってんだかと、我ながら思ってしまいます。

本日、岡山県立鴨方高等学校の保育コースの学生と一緒に授業を楽しませてもらいました。

現在、50分×2コマの授業を終えたばかりではありますが、次世代を担う学生たちのエネルギーに触れることができ、熱い爽快感に浸っているしだいです。

授業内容について、少し紹介する前に‥学生へ向けて語っているようでいて、どちらかと言えば自分に言い聞かせていたように振り返ります。


“安易に他者をラベリングするのではなく、また自己評価や他者の評価さえ絶対的なものでないんだよ”

“幸せは与えられるものではなく、自分で見つけたり作るものなんだ”

“できない理由を探すのではなく、なんとかする理由を仲間と見つけよう”


などなど、さらに振り返ると、酔っ払いのオヤジが説教たれているような内容になってしまったと、心から反省もしますが、そんな話を「うんうん」と、うなずきながら聞いてくれた学生の、スポンジのようで、タカやトンビが自由に飛び回れる大空のような、そんな大きく広い学びの吸収力に助かり、「僕も学生に負けられないな」とも思いました。


授業内容については、前半は村上の自己紹介やら、後半はローカルTVゆめネット笠岡放送さんとのコラボ企画して作っている番組「コドモのホンネ」を流しつつ、詳しい解説を行い‥

(※イヤイヤ期の脳の仕組みと思春期の脳の仕組みの類似性であったり‥食事シーンでの、“上あご”を使う大切さについてなど、酔っ払い風のオヤジにしては、真面目な専門的内容も盛り込めたかなとも思っています。)

そして、終盤はグルーブで、「遊びを考える」ワークショップに参加してもらい、最後に皆の前で発表してもらいました。

(※このワークショップでは、その遊びが“楽しい・楽しくない”などの指標ではなく、グループで考える時間の、仲間とのやりとりが大切であることを伝えさせていただきました。)


なんだかんだと、興奮さめやまぬうちに、現在ブログを綴り続けていますが‥「もっと頻繁に授業に呼んでくんないかな〜」と願ってもいますし、「今日の授業に参加してくれた学生たち、とにかく富岡保育園に来てくんないかな〜」とかも切実に願っていたりもします。

(※たぶん、何人かは本日のブログを読んでくれるはずなので再度伝えておきましょう‥「富岡保育園の子どもたちも、先生たちも、みんな待ってるよ〜!遊びに来てね〜!」)


最後にもう一回だけ、今日の感想を授業参加者へ向けて言わせて下さい。

「みんなとの授業、最高に楽しかった〜!そして、たくさんのエネルギーをありがとう!僕も、まだまだ新しいことにチャレンジします!学びに貪欲でいたいと思います!みんなに負けられないな〜!また逢う日まで“笑顔と感謝を”家族や友人、仲間や全ての出会う人に巡らせていこうね!」


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welcomeで迎えて下さり感謝
熱きエネルギー
2022-06-17
トミホクルー限定ニュース!

富岡保育園では、お昼と夕方の日に2回、少人数でミーティングを行なっています。内容については、主にその時点までの園児の健康状態や、家庭の状況など。それに加えて各委員会(防衛・生活・食育園芸など)の打ち合わせであったり、各保育者が問題提起し解決への糸口を見つける話し合いなどを行なっています。

そしてそのミーティング内容についてを参加者だけでなく、全クルーへスマホのアプリなどを使いながら周知するようにしています。これを「とみほニュース」と名付けて、欠席したクルーでも、もちろん育休や産休中のクルーにも、とみほ村の現在地点把握に努めてもらっています。

(※内容については個人情報を含むため非公開としています。)


ただ、ブログ読者も非公開となれば、余計と知りたくなるでしょうから‥本日は、園児やご家族の個人情報を含まない、「とみほニュース」内で、村上が毎日トミホクルーたち限定に送る記事の一部を紹介したいと思います。

このたび紹介する記事は、今月から保育実習に励まれている実習生の日誌(反省・考察)と、日誌担当保育者のメッセージ(指導・助言)についてです。

#0615 副園長NEWS

〈実習生~反省・考察~〉

今日も主に0.1.2歳の担当をさせていただきました。

オムツの交換の仕方やミルクのあげ方について知ることができました。

小さい子どもでも、援助をすると、ズボンを脱いだり、立ったまま交換ができたりして、すごいなと驚きました。

ものの取り合いになったとき、手が出なかったので少し見守っていると、まだ言葉では、「貸して」とは言えないけど、両手でパチパチと鳴らしたり、指さしをしたりして、自分はそのオモチャが欲しいという意志を見せていました。

その後、オモチャを取った子どもは、その子どものしていることに気がつき、手渡ししていました。

手が出ない限り(叩いたり)、子どもが自分でできるように見守るということは、すごく大切なことだと思いました。

今まではすぐに、代弁したりしていたけど、見守ることを意識してみようかなと思いました。

ミルクを飲ませた後、ゲップは出なかったけど、出るように背中をトントンして、促すことも大切だと分かりました。

〈日誌担当者~指導・助言~〉

そら、ひかりぐみ2日目、お疲れさまでした。

実習も後半になり、子どもたちもなついて、A先生(実習生)のもとに甘えていく場面も多く見られるようになりました。

嬉しいですね。

見守ることの大切さに気づかれた、A先生、富岡保育園ではまさに見守る保育を実践しています。

「見る=1人ひとりを理解する」

「守る=適切な援助をする」として

やってあげる保育ではなく、子どものやりたいことを引き出すための保育を行っています。

見守ることで子どもの知らなかった一面だったり、トラブルも子どもたち同士で解決したりなど、子どもたちの生きる力をまじまじと見せつけられます。意識してみてくださいね。

〈村上〉

皆様お疲れです!冒頭の、お手本のような実習生と担当者のやりとりは‥現在、富岡保育園で励んでおられる実習生と、その日誌担当者のものです。

実は、実習生には、実習打ち合わせ会の際に、【過保護・過干渉】が与える負の影響について、かなり、しつこく言いながら、【見守る】ことへのチャレンジを促しました。

2人(今月は2人実習に来られています)とも、かなり真剣に、神経を使いながら、“距離感”であったり、“間合い”や、“その子どもだったら”について考えながら、励んでくれています。

また、その2人の反省・考察について、日誌担当者が分かりやすい言葉を用いて解説(補足)してくれることにより、より理解が深まっているように思います。本当にありがとうございます。

実習も、ラスト3日‼︎

とにかく2人が、「子どもって可愛いな。大好きだな」と、より思えるよう、そして元気にやり遂げられるよう、みんなでフォロー、コミュニケーションをとっていきましょう。宜しくお願い致します。


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テラスに事務長出没
2022-06-16
尊敬の眼差しが止まない理由

「最近、小学校の支援クラスにお手伝いで行っているのですが、そこでの関わり方についてアドバイスをいただきたいのですが‥。」

とある方からの、依頼。とある方については個人情報などもありますので、詳しくは説明できませんが‥とある中学校の校長先生をなされた後、とある市の教育委員会などにもおられ、そして現在は別のとある市の小学校の支援クラスにてお手伝いをされているのだとか。

依頼に対して、僕がどのように答えたかをお話しする前に‥

まず、とある方への尊敬の眼差しがやみません。なぜかって、僕なんかで言えば、親子ほども年齢が離れている上に、学校教育の経験や経歴なども雲泥の差どころか、幼児教育あたりまでの知識しか大して持ち得ていない、にも関わらず‥なんの躊躇もなく、“アドバイスを下さい”と発せられるあたり、とある方の度量であったり、今なおより新しいことを学びとろうとする教育者の鏡のようなその姿勢に、大感動しました。そして、間違いなく僕もこの姿勢をしっかり盗み、見習い、会得したいと心から思いました。


さて、若輩者でもあり、さして学校教育の知識や経験のないままに、とある方にお話ししたことと言えば‥

ー(とある方の関わる子どもが、やりたい放題、無茶苦茶にわざとするような行動が目立つとの背景を基に)もしかして、そのお子さまは、今まで、やりたい放題、無茶苦茶にやり尽くす活動をやったことがない、もしくは許されたことがないのではないでしょうか‥やりたくないことでも我慢して皆んなと同じことをすることも、もちろん学校では必要かもしれませんが、その前に、自分のやりたいことをこん限りやった経験が必要なんだと思います。そうでないと、“やりたいことはやらせてもらえない”との刷り込みにもなりかねないなとも思います。

ーまた、僕の場合は、学校年齢の子どもではありませんが、2歳や3歳であろうと、ひとりの人間と人間の付き合いをなるべくするよう心がけています。あからさまにわざと褒めることもしないですし、お手伝いなどをしてもらって助けてもらうときちんと感謝の言葉を伝えるようにしています。


などなど、振り返ると、とある方になんて偉そうに言ってんだよ〜って、冷や汗が出てもきますが‥情熱のある、また向上心の塊のような方とお話しすることで、またとない学びと、自らの反省の場を得ることができました。誠にありがとうございました。是非、またお会いできるように、その日まで励んでまいりたいと思います。


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園庭の変化が分かるかな?
2022-06-15
とみほ村文庫『副館長』登場

昨年度、富岡北地区まちづくり協議会を含む地域の方々と、富岡保育園とで協働して、「私設公民館とみほ村文庫」を開設しました。1000冊を超える勢いのある、地域内外から寄付された貴重な書物に加え、机や椅子などの様々な備品に関しても寄付でまかなわれています。そこには、間違いなく“次世代を担う子どもたちの未来のために”との意志があるのは言うまでもないでしょう。

そんな「私設公民館とみほ村文庫」に新たな動きがありましたのでお知らせします。館長は、わたくし村上が務めさせてもらっておりますが‥このたび、副館長を新たに任命することになりました。

ちょうど、ご近所に住まわれている富岡保育園職員のお子さまが10歳(ハーフ成人と呼ぶのかな)を迎えられたことと、読書が好きだということもあり、副館長をお願いして承諾してもらいました。

「私設公民館とみほ村文庫」のお仕事内容は、とにかく“誰が”“いつ来ても”居心地の良い場を作っておくことにあります。ブログ読者の方で一度でも足を運んだことのある方ならばお分かりかと思いますが、館内は必ず整理整頓が行き届いており、かつ清潔さと洗練されたお洒落な空間になっている‥(はずなんです)

古いような新しいような、でもなんだかお洒落なカフェであったり古本屋なような、それでいて窓越しからは子どもたちの声がわずかに聞こえたりする、そんな非日常さの中に豊かな日常生活がある空間を目指しているんです。


さて、本日早朝‥文庫玄関扉の開く音がしました。副館長がせっせとメダカのエサやりと、書物のほこりとりをしに来て下さっていました。誠にありがとうございます。

(今後、館長と副館長で文庫新聞を作ってみようかと思案中です。乞うご期待ください。)

「私設公民館とみほ村文庫」の完成形はなく、地域内外、あらゆる世代の方たちと一緒に育てていきたい場所です。ご興味のある方は是非足をお運びくださいね。


~おまけ~

館内にはローカル新聞「山陽新聞」を常備しています。本日の一面コラムに、五七五七七の歌が掲載されていました。

〈あかあかやあかあかあかやあかあかやあかあかあかやあかあか月〉

鎌倉期の僧、明恵上人が、明るく輝く月に惚れ惚れしたさまを歌っています。

コラムには、月に関する日米欧州などの計画と、中国ロシアなどの計画などを紹介するとともに、「あかあかや」と古来の人たちが愛でていた月が、どうも「ざわざわと」胸騒ぎを覚える時代になってきたことを記していました。

が、館長村上としては、この歌の区切りの分かりにくさが、どうにもおもしろくて‥つい新聞紙に、文字数を数えながらボールペンで線を入れちゃいました。


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雨の日にできる家
2022-06-14
小中一貫教育笠岡東中学校区

夜明けが早くなるとともに、目覚める時間も早くなり、出勤時間もいよいよ早くなっています。二度寝をするともったいなく感じるのは歳のせいでしょうか。そんな早朝に必ずと言っていいほど、ある光景を見かけます。それは行きつけのガソリンスタンドの方が、これほどまでに“たんたんと”という言葉が似合うことのないくらいに、“たんたんと”準備している姿です。そして、そんな光景になぜか勇気づけられて出勤する節があることを記しておきます。


さて、本日は「とみほ村だより6月号~富岡保育園×富岡北地区まちづくり協議会×クレヨンKIDS」の富岡保育園園長先生コラムをご紹介します。

(※定期購読して下さる方に、まだ配布ができておりません。今週中にお届けにあがりますので、今しばらくお待ちください。)


ー笠岡市の教育委員、公民館長、小・中のPTA会長、民生委員、児童委員、保育園園長、ことも園園長、小中学校校長などで構成される「東中学校区学校運営協議会」にて、『小中一貫教育笠岡東中学校区グランドデザイン』が示されました。「共生」を核に、豊かな心、確かな学力、健やかな体、郷土愛というカテゴリーで、『郷土を愛し、夢の実現に向けて高め合い、たくましく生きる児童・生徒の育成』を目指しています。

「これからの教育」と題して新宿せいがこども園の藤森平司先生は‥

①社会構造の変化・必要となる思考・発想の変化

②デジタル社会における子どもたちを取り巻く環境

③認識すべき教室の中にある多様性・子ども目線

④先細る理系人材・ジェンダーの偏り

以上の視点から、子ども主体の学びとして理解度や認知の特性に応じて自分のペースで学ぶこと、教室以外の空間でも学べること、学年や学校種を超える学びや、学年を遡った学びを取り入れること、教科横断・STEAMに重点を置き、実社会に生きる学びをすること、教師はTeachingからCoachingへ変わっていくべき等、日本がどのような教育を目覚そうとしているかを会議、答申、政策等からまとめてくださっています。私たちの目指す保育・教育に共通するところが多いですね。 終


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※先日のビワに続きまして、別のご近所の方(富岡北地区)から“梅”をたくさんお裾分けして頂きました。園児のご家庭や職員などでありがたく頂戴しました。誠にありがとうございました。 

2022-06-13
村上がチョンマゲ頭である訳

ぼくが記憶する幼少期から現在にいたるまで、ある一貫した才能と言えば過ぎるので、性格をぼくは所有しています。

それはー“影響されやすい”ことにあります。

オレンジ色の星の模様の入ったボールを7つ集めると龍が現れて、願い事を言えばたちまち叶う、そんなアニメを見ればー(ドラゴ◯ボール)主人公のように、両手を広げ、手の甲と手の甲を合わせ、「かめはめ波ー‼︎」と気合いを入れて叫べば、なにかとんでもない威力のある爆風が起きるんじゃないかと思って本気で試したこともあります。


ごく最近で言えば、ある小説の主人公に、それはそれは影響されています。司馬遼太郎さん作の「峠」に出てきます“河井継之助”です。

幕末期に活躍した武士なのですが、もしかするとブログ読者のなかには、はじめてお聞きになる方もおられるのではないでしょうか。坂本龍馬や西郷どんならたいてい知っているんだと思いますが。

河井継之助は、北越地方の長岡藩武士であって、長岡藩の武士のなかでは、そう位の高い方ではなく、幕末という稀に見る乱世にあって必要になった才能を持ち合わせていたことから、長岡藩で筆頭老中にまでなった人物です。

長岡藩という小藩についても、少々と説明させて頂きますと‥徳川家とは、徳川幕府創設前からのお付き合いがあって、つまりは御恩を非常に感じながら三百年の時を過ごしていたんです。

ただ、幕末期と言えば、維新側と、幕府を守る側とに別れた、非常に混乱した時代なんです。ひとこと付け加えるなら、幕府を守る側の、“幕府”そのものがすでに解散されちゃった時代なんですね。(徳川慶喜さんが大政奉還しちゃったので)時代の勢いはすでに維新側にあったわけなので、たいていは日本全国の藩が否応がなく維新側についていく最中‥筆頭老中“河井継之助”率いる長岡藩はある決断を下すんです。

それはー「中立の立場」です。どちらにつくこともなく、新時代と徳川家の御恩、ともに受け入れるために、「一藩独立」をうたい、河井継之助たちは奮闘するわけです。

(しかし、維新側からも、守る幕府が無いにも関わらず幕府を守る側からも、その考えと行動は受け入れられることなく、河井継之助は散ることとなります。)

河井継之助のどこに影響されてしまったかといえば、その武士道と言いたいのです。新時代への先鋭的な考え方と、徳川家への御恩をひたすらに貫こうとする「中立の立場」への信念もさることながら、その立場がもはや実現できないことを知った後の河井継之助の行動が、非常に武士そのものなのです。

“人はどう行動すれば美しいか”

“人はどう行動すれば公益なるか”

この2つを命のかぎり、体現し続けるんです。


今日の常識が、明日には非常識に‥そんな混迷極まりない時代風潮が、どこか幕末と現代に重ね合っちゃうのです。

百年後の未来人に恥じぬ、それでいて誇れる、そんな行動を肝に命じなければならないと強く思っております。


まだまだ、とあるウイルス渦は続いており、富岡保育園が所属します笠岡市内でも対応に四苦八苦としております。感染拡大リスク軽減を最大限考慮しながら、それでいて“いつも通りの暮らし”つまりは『笑顔と感謝の巡る暮らし』を園児、保護者様、地域の方、そして仲間たちといっしょに誠実に実践していきたいと思っています。

※昨日、ご近所の方から‥「保育園も大変じゃろう。これ、畑で採れたから、良かったらどうぞ。」と、非常に瑞々しいビワを頂きました。2歳児ほどの男の子にあげようとしたところ‥「ニンジン!?」と、ちょうど色を見て答えたのでしょう。薄い皮をその小さな指先で忍耐づよくむき、口に頬張ると、それはとても満面の笑みをこぼしていました。愛あるビワ、誠にありがとうございました。


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木陰と木のベンチ、そして木の枝ジュース
2022-06-12
子どもたちに時間を贈ること

「なにして遊んどるん?」

野暮なことを聞いたものだなと、我ながら思ったのである。もしも思春期あたりの自分にそう問いかけられたものならば、「暇してちゃ、悪いのかよ!」と答えるのかもしれません。

たいてい、大人と一括りにしてしまうと語弊を与えかねませんが、子どもに対して一種の「この時間はこんなことをして楽しんでいる」と思いたい節がどこかにあるようなんです。

保育園の先生であれば、子どもが保育園で過ごしているその間、一瞬の無駄も無く楽しく遊んでくれさえすれば、冥利につくのかもしれません。

けれども、どこか大人は子どもを非現実化しているところがあるのでしょう。子どもだって、ボーッとしたいですし、ポーッとしたいですよ。何も考えない、考えたくない、何も動けない、動きたくない、そんなテーマの無い時間を過ごしたいですよ。

ただ、テーマのない時間を子どもに過ごさせることを、「時間を無駄にしている」と思いがちなのは、特に幼児教育と経済が絡み合い出した現代の風潮でしょうか。

保育園生活では、登園から降園までスケジュールがすべて埋まっていて、そしてご自宅でも月曜日から日曜日まで習い事で埋まってしまっているようであれば、その合間の時間を「自由な時間」とスケジュールされているのかもしれませんが、スケジュールされた自由な時間は、本当の「自由な時間」ではありませんよね。


ーいうまでもないが、教育は次の時代を担う共同体のメンバーを育てる仕事である。人びとが集団として生き延びるために欠いてはならぬことを次の世代に確実に伝える、いわば人類史的ないとなみである。そのためにはいきなり社会に出させるのではなく、迷う時間もきちんと与え、試行錯誤の経験をたっぷり積ませる。痛い経験もあたえさせつつ、しかし同時に反省ややり直しのチャンスも与える。教育とは元来、手間ひまかかるものなのだ。

ー西洋人が学校(スクール)の名をスコーレ(暇)という古典語からとったのも、そういう思いからだろう。すぐに見返りを期待したりせずに、ひたすら時間をかけて事にあたること、子どもたちに時間を贈るということだ。

ーが、これがいま、「評価」という名のもとにきわめて短期間のうちに教育目標の達成度をくりかえし厳しく問われるようになっている。保護者にとっても、学校に通うことが子どもたちの「未来への投資」だと意識されるようになっている。しかし、勤勉と効率を第一に考えるのは、無駄をなくすということ、つまりは費用対効果をひたすら問う市場の論理である。


「濃霧の中の方向感覚」で筆者である鷲田清一さん(大阪大学総長などを歴任し、現在、京都市立芸術大学理事長)が、現在の教育について述べられている一文をご紹介してみました。さらにもう一文‥

ー(「ゆとり教育」との決別から、「ゆとり世代」の一人が、「結構なことだと思いますが。あたしらは何なのでしょう。失敗作ですか。」)そこにあるのは、人はどうにでも造り変えられるという妄想だ。が、造り変えるどころか育てることすら十分にはできないものだ。だから、それよりむしろ、子どもがそこにいれば勝手に育つ、そのような“ゆとり”のある環境をきちっと用意しておくことこそが、大人の第一の責務なのだと思う。


ブログ読者の方、鷲田さんのご意見にどのようなご感想をお持ちになられましたか?保育所保育指針によるところ“環境を通した保育”を実践する必要のあるぼくたち保育者たちは、その“環境”をどのようなものにするか?鷲田さんのご意見には非常に学ぶところがあると考えます。


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実習生、自己紹介に奮闘
実習生、紙芝居に奮闘
2022-06-11
幸福感を与えてくれたお菓子

「子どもが幸福感を得るためには?」

この問いの答えのひとつとして、その子どもの子育てに携わる養育者(親であったり、祖父母であったり、また乳幼児期であれば保育園の先生などです。)が幸福感を持つ人であるということは言うまでもないでしょう。

あえて、このブログで綴るまでもないのですが、幸福感をもっていない、例えば不平不満や文句、陰口だらけの保育園で、いくら世界最高峰の保育実践をしたところで、子どもに幸福感を与えること、伝えることは難しくもあるでしょう。

では、例えばどのような保育園で、先生たちは幸福感をもつことができるのでしょうか?

休暇をとりやすかったり、賃金が高くあることだったりも、もちろん要因のひとつなのだと思います。

が、しかし、ただそれだけで幸福感をもつことができるのかと言えば、そうとは限らないですよね。とある専門書(「赤ちゃんの心はどのように育つのか~社会性とことばの発達を科学する~」今福理博)では、『保育者効力感』というキーワードをとりあげていました。

『保育者効力感』とは、「保育場面において子どもの発達に望ましい変化をもたらすことができるであろう保育的行為をとることができる信念」と、少し長々と説明付けられていました。信念といえば、目に見えないカタチですし、発達に望ましい変化だなんて大それた表現にしちゃうと、現場保育者であれば謙遜してしまいがちで、自信をもって、「私は、保育者効力感が最高にあって、幸福感も最高に持っています!」なんてなかなかと言えないでしょう。

そこで、『保育者効力感』と、『保育者の幸福感』を村上なりに、相互につなげますと、「笑顔と感謝の巡っている状態」と解釈できるんですね。


先日、ある保護者の方から、紙袋をひとつ手渡されました。

「先生たち、いつもありがとうございます。休園期間中、先生たちに日頃お世話になっていることを痛感しました。いつも本当にありがとうございます。休園などで本当に大変だと思います。くれぐれもお身体を大事に、がんばってください。」

紙袋には、小さな可愛い袋の中にいろいろなお菓子が詰められていました。休園期間中に、親子で選びながらひとつずつ袋詰めしてくれたんだろうなと想像がつきました。

もちろん紙袋の中身も、本当に嬉しいのですが、保護者の方が保育者たちにかけて下さる言葉や気持ちに胸が熱くなったことを、どうしても記録と記憶しておきたかったのです。正直に言えば、健康に問題がないご家庭では、休園ともなれば、職場など様々に影響も多分にあったはずなんです。そんな中、保護者と保育者の間で“ありがとう”が巡り合わせられるだなんて、『保育者効力感・保育者の幸福感』ともに抜群に得られるのは言うまでもないですよね。


休園・保育時間短縮期間においては、各ご家庭に大変協力していただき、その上で感謝の言葉をたくさん言い交えることまでできました。誠にありがとうございます。あたりまえであると思わず、驕らず、日々の暮らしを“丁寧に”、そして子どもたちの最善の利益を考えた“見守る保育”に今いっそう徹していきたいと思います。

※今後も、とあるウイルスなども含め、不測の事態が訪れるかもしれませんが、頼れる心強い保護者の方たちと共に乗り越えていきたいと思います。また、感染された場合においても、ご本人やご家族の心身の健康を守ることに出来る限り協力させて頂きたいと思っています。


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エネルギーとともに埋もれた靴
2022-06-10
井の中の蛙、大海にふれる。

「友だちと、友だちとが、戦争になってしまって、悲しいです。」

2メートルほどに感じる巨体に、米俵をも超える重量のリュックサックを背負う、2人の男性が口にした言葉である。この2人の男性、ひとりはチェコ、もうひとりはスロバキア出身なのだそうだ。

と、急に説明してしまっているが、ブログ読者は筆者の勢いについてこれているのだろうか。実は、筆者である村上が、とある日に、地元の小料理屋で偶然出会った人たちとの出来事を綴っているのである。カウンターの1番隅っこから、玄関口に現れた2人を見た時には、2人の巨体とその風貌にまさしく圧倒されたことを鮮明に覚えてもいる。2人はチェコ、スロバキアから日本を訪れ、鎌倉から屋久島までを徒歩で旅をしているそうだ。そして、その旅の目的は「日本の伝統を音楽でつなげる」こととし、三味線を大きく奏でながら、その土地での出会いにより、さらに感性を磨き、そして物語を紡いでいるのだとか。ハチマキに、ハカマやユカタ、足袋などを身につけた2メートル近い外国人2人の登場に、小料理屋の大将と僕は驚きにも増して、好奇心に胸が高鳴った。そして、なるべく標準語でありそうな日本語や、中学英語にも満たない英語でコミュニケーションをはかったのである。2人は、「日本の素晴らしさを、日本人が知らない、忘れてしまっていることが悲しい。だから、日本人にもっと日本のことを好きになってもらいたい。」と何度も言っていたことを記憶します。(小料理屋の大将が日本を代表するかのごとく、絶品の料理や、地酒をふるまわれ、ついでに僕もご一緒させてもらったものの、身体の容量の差を感じるほどに酔ったこともあり、記憶が曖昧になったことも記しておかねばなりません。そしてその曖昧さから、小料理屋から出ると勢いあまって、実家に2人を泊めたことも記憶のどこかに‥。)


チェコやスロバキアの場所が、いまいち分からず調べてみると‥今、世界で一番注目されているであろう、ロシアやウクライナのすぐ側なんですね。島国である日本とは、それは全く違って、国と国とが隣同士なのです。いろいろな国に友だちがいることも容易に想像はつきますし、隣同士の国々が戦争になれば、それは大きな心の痛みになるはずです。


曖昧な記憶とともに、うつろうつろに考えながらその夜は眠りにつきました。国と国とが隣同士であることは、言ってみれば異文化がすぐ隣にあるということ。つまりは、文化や価値観などの相違による戦争とも隣り合わせであることに加え、異文化に触れることで自国の文化の良さにも気づける機会に恵まれているとも言えるのだろうかと。つまりは、島国である日本で言えば、戦争との距離感が遠いようでいて、また異文化とも遠く、それでいて自国文化の良さに気づける機会には乏しいのであろうかと。


井の中の蛙である僕が、大海の風にふれた、そんなひとときをここに記録しておこうと思う。そして2人の徒歩2000キロの旅の無事をここに祈る。


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★現在、保育士養成学校から2名、保育実習に参加しております。ネーム入りのエプロンを着て、さわやかな笑顔とともに励まれています。応援よろしくお願い致します。

★ローカルテレビ「ゆめネット笠岡放送」で富岡保育園を舞台に繰り広げられるノンフィクションドラマ『コドモのホンネ』の第二回放送が昨日ありました。(乳児のお昼ごはんがメインテーマでした。)再放送は6月22日(水)ですよ。見逃した方は是非‼︎

桑の実、周辺、その①
桑の実、周辺、その②
2022-06-09
副園長ブログが海外進出!?

「海外にいる娘がブログを見て‥」

実は最近、今までになかったお問い合わせが増えています。そのひとつに、海外在住の方が、一時帰国をした際、お子さまを保育園に預けたいとのご要望です。

このたび、海外在住であるお孫さんの入園にあたって、祖父母にあたる方が園を見学して下さいました。冒頭のコメントは、ブログを、海外から保育園を選ぶツールのひとつにしてくれたとのことを教えてもらったんですね。ほぼ日記のようなブログが、まさか海外進出するなんて‥小っ恥ずかしくもありますが、非常に励みにもなりますし、俄然やる気が湧くものです。このたびはブログを通してになりますが、ぜひ直接お会いして御礼を告げたいと思います。「ありがとうございます。」


さて、園内を案内していましたところ、ある子ども集団に出くわしました。4.5人程度の女の子だったでしょうか。年齢は3歳児や4歳児、5歳児など、バラバラのようでした。女の子たちは、水着に着替えて、その可愛さを自覚し、そして周りへ自慢していたんですね。ここで、ひとつ注釈をつけておかねばならないことがありまして‥水着のある特徴が、集まった子どもたちで似ていたことです。ワンピース型で、そしてヒラヒラしたスカートっぽいものなのですが、スカートをめくるとパンツっぽくもなるんです。

そこで、スカートをめくるとパンツっぽくなる水着を着た子ども集団のひとりが、「せーの!」と威勢良くかけ声を述べるわけです。そして、間髪入れずに「パンツ!」と言っては、大笑いするんですね。とてもおもしろかったのでしょう、また「せーの!」とかけ声を述べるんですね。すると、今度はスカートをめくるとパンツっぽくなる水着を着た子ども集団みんなで、「パンツ!」と言っては大笑いするわけです。もちろん打ち合わせなんてものはなかったはずでしょう、年齢はバラバラでも、“おもしろい”気持ちがひとつになれば、そろうものなんですね。

何度も「パンツ」と言っては大笑いをすることに、ひとしきり浸った子どもたち、そろそろパンツのフレーズに飽きてきたんでしょう。けれども、“せーの”のかけ声は終わらないんです。

「せーの!」と威勢良くかけ声を述べてみるのですが、おもしろいフレーズが浮かんで来なかったのでしょう。微妙な間(ま)ができちゃうんです。「せーの!・・・」とね。すると、今度はその間(ま)がおもしろくなったみたいで、子ども集団は大笑いしていたんです。

そんな“パンツ大笑い集団”に出くわした見学者「さっきの間(ま)は、打ち合わせもせずに、かけ声したもんだから、何を言おうか、分からんかったんじゃろうな。」と、パンツ大笑い集団の笑いにつられるように、笑いながら解説してくれました。

海外からの入園ともなると、“言葉の壁”に不安をお感じになられるかもしれませんが、パンツ大笑い集団の笑いが、その不安を一掃してくれるものと思っております。


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2022-06-08
「萌や萌や」な女の子の便箋

ー妖怪は特定の個人や家族だけでなく、共同体の枠を越えて、人びとを「もやもや」させようとする。崇高さと滑稽さのあいだに開いた落とし穴に人びとを連れこみ、名状しがたい感情を抱かせたいと思っているのだ。そうした思いが必要な状況に社会がいたったとき、妖怪は生まれてくるのである。

※『死者の民主主義』畑中章宏 著書より


ちなみに、名状しがたい感情、つまりは説明のできない、やるせないような感情こそ、とあるウイルス渦真っ只中においては多くの人びとが抱いているんじゃないかと思います。昨年すこしブームになりました、日本の疫病封じ妖怪“アマビエ”なんかは社会の必要に応じて登場した妖怪ですよね。

ただアマビエにしても、要は江戸時代に生まれた妖怪なんです。つまりは現代人が発見(創作やイメージ)したり、育ててきた妖怪ではないんです。

筆者によれば、現代人はなにごとも明確にしたがり、おもしろがるような知的な精神状況に欠けているのだとか。

ー縁者なきものの亡魂、他郷で死去したものの死霊、遭難、事故、自殺、戦死など非業の死をとげたものの亡霊、未婚のまま急死した若者の霊、あるいは愛児の夭折したものの霊魂など‥迷える怨霊の集合体、つまりは個人から離れて公共化と抽象化されたものこそ日本の妖怪なのだと考える。


とあるウイルスばかりではなく、またさまざまに迷える現状に、憂いてばかりいるのではなく‥「もやもや」する気持ちを受け入れ妖怪に託すことで、どのような現状でも前を向き、前に進めるのではないでしょうか。


~こぼれ話~

「もやもや」という気持ちは、どことなく、すっきりしないようで、負のイメージばかりがつきまとうように感じますよね。

たまたま本日、泣きながら登園する女の子に出会いました。ただ、朝は不機嫌なことが多い女の子なので、大して心配はせずに、挨拶をしました。すると、母親から手渡された女の子のカバンのポケットには、便箋がひとつ入っていました。盗み見するつもりはありませんでしたが、ポケットの隙間から宛名が見えてしまいました。最近よくいっしょにいる男の子の名前でした。不機嫌に泣いている女の子に、母親から手渡されたカバンを、わざと便箋の見えるように手渡しました。すると、泣くのをいったんやめて、カバンをふんだくりました。ただ、みるみるうちに不機嫌さはどこへやらと吹き飛んでは、どこかへ駆けていきました。

この女の子で言えば、「もやもや」は「萌や萌や」と記しておかねばならないでしょう。そして、便箋の入ったカバンには、愛くるしい妖怪がひそんでいたのでしょう。


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2022-06-07
『ジェイコブの悲劇と哀愁』

ヤンキー映画だったりでは、廊下ですれ違えばメンチをきり(睨む行為でしょうか)肩と肩がぶつかれば、おのずと小競り合いになるのは十八番(オハコ)ですよね。ここで大事なのは、メンチ、つまりは睨むまでなら許したるけど、肩がぶつかると胸ぐらを掴んじゃうよねってことです。もう少し詳しく言えば、肩がぶつかる相手がヤンキー同士だと胸ぐらを掴めるのですが、いかにも黒縁メガネをはめた優等生キャラであったり、いかにも仔犬のように瞳をキラキラさせた女の子であったりすれば、「気をつけろよ。」とボソリ小声で吐き捨てる程度なのも十八番(オハコ)ですよね。


本日、雨あがり(多少の小雨は、降っていないも同然なのでしょうか)の、とみほ村のお庭では‥たくさんの水たまりとともに、水を含んだ土、つまりは泥んこで遊ぶ子どもたちが、いつものように見られました。

水たまりに躊躇なく腰を下ろすルーカス(4歳児)。その背後には、ルーカスのTシャツに泥んこの手形を今にもつけようとしているロバート(4歳児)。ふたりから、つかの間遅れてやってきた、両手であやしげな土の塊を運んでくるジェイコブ(4歳児)。そして、そんな3人を遠巻きながら見つめるチャールズ(3歳児)。

ロバートが、ルーカスのTシャツに泥んこの手形をつけたのは言うまでもありませんよね。ただルーカスは笑って許しています。ルーカスにとっては、Tシャツの背中側にロバートの泥んこの手形がついたとしても、すでに水たまりに全身の身を委ねているわけですから、ズボンやパンツはひとたまりもなく泥んこなわけですので、気にする必要もないのでしょう。

ジェイコブが、運んできたあやしげな土の塊を、水たまりに向かって投げつけたことに関してもご想像がつくかと思います。投げつけてしまえば当然と、水たまりから泥んこの水しぶきがたつわけですから、それがジェイコブにとっては嬉しいのです。そして、そんなジェイコブを見れば、ロバートもルーカスも、あやしげな土の塊を探して持ち運んできては水たまりに投げつけるわけです。

ただ、何度も何度もしていくと、分かりきっていることですが、水しぶきが仲間に散っていくわけですよね。ルーカスのTシャツに泥んこの手形をつけたロバートにいたっては、「ぼくの新しく買ってもらった服に散ったじゃんか!」とジェイコブに怒っています。ただ、ロバートにしても、見るからにすでに全身泥だらけなわけですから、ジェイコブも、「ふん!」と鼻で笑うもんです。

そんな中、ルーカスが投げた、それはいっそうあやしげな大きな土の塊があげる泥んこの水しぶきが、ジェイコブの目に入ったんですね。ジェイコブにしても、全身泥だらけなもんですから、しょうしょうと散ろうが、「へん!」と鼻で笑っていたものですが、目に散ったともなると‥「もー!目に入ったじゃんかよー!」と、それはそれは怒ったのです。そして一目散に、あたりの泥んこをルーカスめがけて投げつけたのです。ただ、このタイミングでジェイコブが怒ることをルーカスやロバートは心得ていたようで、間一髪のところで走って逃げていたんです。もちろんジェイコブの投げつけた泥は当たらずに済んだみたいです。

ジェイコブにしてみれば、怒ったうえに、投げつけた泥んこも当たらなければ、残ったのは、目に散った泥んこの水しぶきのみです。「くそ!」と悲しげに吐き捨てながら、水たまりの水で、その汚れをぬぐう姿は、どこか切なさもありました。

そんな3人を見つめていたのはチャールズですよね。ルーカスやロバートが走って逃げていったわけですから、水たまりには切なさそうなジェイコブしかいないわけです。つまりはチャールズにとっては、水たまりに入れるチャンスが巡ってきたというわけです。チャールズはすこしおそるおそる水たまりに入りながらも、ニヤリと笑っています。そして、3人が心ゆくまで投げつけていた、あやしげな土の塊の破片を見つけのです。塊はしょうしょう小さいながらも、チャールズは拾って、そして水たまり目がけて投げてみたのです。すると、3人ほどの水しぶきはあがらないまでも、泥んこが飛び散っていくさまに、ニヤリと笑みを浮かべています。もちろんおもしろいですし楽しいものですから、チャールズも何度も何度も投げつけます。ただ、分かりきってはいましたが、その泥の水しぶきが、切なく水たまりの水で汚れをぬぐうジェイコブの、またもや目に散ってしまうんですね。すると、切なさから一転して、烈火のがごとくに、「もお!」と怒号をあげながらジェイコブは顔をあげるのですが、その目に映ったのはルーカスやロバートたちではなく、自分よりも少し小さな、それでいて小さな土の塊をポイッと投げている、つまりはジェイコブたちのような力強さのないチャールズだったのです。ジェイコブはその怒りをすぐにしまいこむと、「やめろよ。」とボソリ吐き捨てては、その場から立ち去って行きました。

ちなみに、3人のいなくなった水たまりを、チャールズが独占し、そしてジェイコブやルーカス、ロバートたちのように心ゆくまで、そのあやしげな土の塊を投げつけていたことを、最後に記しておきたいと思います。


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遠巻きのチャールズより遠巻きな村上アングル
2022-06-06
熊が入っている熊の着ぐるみ

「地平線グリーン」

「星空ネイビー」

「放課後オレンジ」

「朝焼けピンク」

読みあげてみると、自分の想像を超える色のポテンシャルを感じませんか?

あるアパレル会社(UNIQLO)のTシャツのテレビCMでながれていた言葉です。

ふだん何気なく使っている言葉に、ほんの少しのエッセンスを添えるだけでも、それは豊かになれるんだなと思ったところです。


さて、基本的には左利きな僕なのですがね。いつものようにドリップコーヒーを作っていると、あることに気づきました。ケトルでお湯を注ぐにあたって、たまたま右手が塞がっていたこともあり、ひょいと左手でやってみると、うまくいかないんです。慎重にしてみたところで、自分の思ったところにお湯が命中しないんです。おかしいな⁉︎と思ったところで、右手に持ち替えると、しっくりきたようで、うまく命中するんです。左利きのくせして、ドリップコーヒーはいつも右手でやってたんだってことに気づきました。そんな僕の朝を豊かにしようと思えば‥『不器用な朝』と名付けてみようじゃないですか。


そんな『不器用な朝』を心地よく味わっている僕は‥ある新聞(山陽新聞)記事に魅了されています。絵本作家でもある五味太郎さんのコラムなのですがね‥

ー自分の理屈って実はテレビやSNSの2次情報だったりする。ものを見たり感じたりするには、もうちょっと自分をニュートラルにしないと。


この言葉って、器用さと相反する不器用さが滲み出ているように思うんです。なぜかって、テレビやSNSなどの情報を巧みに上手に使うほうが世間体的にも楽じゃないですか。それをわざわざ自分をニュートラルにすれば、世間とのギャップやトラブルやアクシデントにもつながっちゃいかねませんよね。ただ、豊かさで言えば話しは違ってくるのでしょうが。

不器用な生き様をどこか愛おしんでいる節のある五味太郎さんがエッセイ本を出すようです。タイトルは『6Bの鉛筆で書く』です。すでにタイトルからして、柔らかな書き心地の鉛筆を手に、書いては消してを繰り返している不器用さが伝わってきますよね。


“中に熊が入っている熊の着ぐるみって面白い”という文章もあるみたいですよ。もしもブログ読者の方が僕と同じ『不器用な朝』をお過ごしならば、ぜひ想像してみてください。

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入居者さんとトマトの苗をbyクレヨンKIDS
2022-06-05
村上09X33715648

「生きている限りブログを毎日更新する」などと豪語してみたはいいものの‥正直に言えば、ひとり勝手に期限に追い込まれているときもあります。誰に頼まれたわけでもなければ、誰かに必要とされているわけでもなければ、ただたんに「自分との約束事」としている節もあります。

さて、実は本日のブログこそ、ひとり勝手に期限に追い込まれた回になりそうなんです。なぜかって、たいていは早朝の脳内がクリアなうちにブログを仕上げているのですが、いかんせん本日は、一日の終わりを告げそうな脳内が思考をストップさせようとしている時にとりかかってしまっているのです。

でもね。おもしろいもので、こんな時だからこそ、おもしろい内容が綴れたりするんですよ。

ビックリするかもしれませんが、ふとね‥「笠岡市長になっちゃおうかな‥」って思いついちゃってるんです。なにを寝とぼけたことを言ってんだよ!って、ブログを閉じようと思った方は、もう少しだけ我慢してお付き合いください。

理由が2つあるんです。ひとつ目は、「笠岡市民が好きだから」です。具体的に説明しますと‥実は、5月31日〜6月4日まで、富岡保育園はとあるウイルスの影響により休園を余儀なくされました。園児や職員など、またそのご家族なども含めて感染拡大を食い止めなくちゃいけないことと、加えて保護者の方のお仕事であったりの影響も視野にいれなくちゃいけないこと、兎にも角にも、連日、園長と副園長で保護者の方にお電話させて頂いたんですね。すると、「先生たちも大変ですね。お身体に気をつけて下さい。」「ご丁寧にお電話ありがとうございました。先生たちも頑張って下さい。」など、誰ひとりとして不平不満や文句をおっしゃられるどころか、まさかの感謝や労い、励ましや勇気の出る言葉ばかりを告げて下さったんですよ。好きにならざるを得ないじゃないですか、こんなにも優しい保護者の方たちのことを。そしてその保護者たちが笠岡市民であることは言うまでもありませんよね。

ふたつ目の理由は、「村上太志はまだまだ成長しろがたくさん残っているから」です。ブログ愛読者の方はすでにお気づきでしょうが、ぼくって非常に自己肯定感が強めなんですよ。どのあたりがそうさせているのかと言えば、失敗をよくする、そして反省もよくする、そんでもってそのたびに“まだまだ俺って成長できるな”ってオートマチックに思っちゃうんです。実は、休園期間中に、真摯にそして丁寧に対応して下さる市役所や保健所の方とのやりとりの中で、ついつい納得できないことに噛みついちゃったんですね。未熟者であることを素直に自覚しましたし、だからこそ成長しろに気づけたのは言うまでもないですよね。


笠岡市民(保護者が象徴してくれていると思っています)のことが大好きで、それでいて成長しろがたくさん残っている、そんな市長はいかがでしょうか?


※5月31日〜6月4日、休園のご協力ご理解誠にありがとうございました。6月6日〜8日にかけては、希望保育ならびに時間短縮保育をお願いしております。ご了承ください。(ご質問などあれば→村上09X33715648まで)


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ゴミ出しのお手伝いbyクレヨンKIDS
子どもも先生も没頭byクレヨンKIDS
2022-06-04
パッチワークファミリー!?

ぼくの風貌からは想像がつきにくいかもしれませんが、ときたまと言っていいほどに、女性の方が手がけたエッセイを読みたくなるのです。そして今、手を伸ばしたエッセイは、「オーストリア滞在記」中谷美紀 著です。中谷美紀さんと言えば、芯の強そうな女優をイメージしますが、そのふところはどのような考えや行動をなさっているのだろうかと思うと、慎重にページをめくりながらも、どんどんと読みすすめてもいます。

ちょこっとだけ、さわりを紹介しますと、中谷さんはドイツ人男性と結婚をして、想像もしなかったオーストリアでの田舎暮らしが始まったんですね。ドイツ語の学習に四苦八苦しながらも、朝は掃除や洗濯、そして自らスコップを握り汗だくになりながら庭造りにいそしんだりする日常を綴った日記エッセイなんですね。

ちなみに夫は、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団に所属する音楽家。またかつてのパートナーとの間に娘さんがいるという境遇なんですね。そして、中谷さんと夫との生活に、元パートナーと生活している娘さんも1年に延べ2ヶ月ほど登場するんです。

中谷さんのエッセイでは、「ヨーロッパでは私たちのようなパッチワークファミリーは決して特別なものではなく、人生の指針が変わった男女が別々の道を歩むことを選択しても、お互いに新たなパートナーとの暮らしを尊重し、子育ても当然のこととして協力し合います。」と、綴られていました。中谷さんも夫の元パートナーと良好な関係を築き、連絡を取り合いながら、娘さんの写真や動画を交換したり、また食事面での配慮をしているようです。

ちなみに、中谷さんのパリの友人などは、バカンスには大きな一軒家を借りて、別れた男女がそれぞれの新たなパートナーと子どもたちを伴って集まり、怨恨や嫉妬もなく仲良く皆で料理しては食事をして、賑やかに楽しんでいるのだとか。

血の繋がりと、縁の繋がりを、うまく調和していると言いましょうか、融合していると言いましょうか。社会と個人、どちらの認識、理解も及んでいるからこそできるのでしょうか。もしくは、ヨーロッパという国境が続く多民族国家という歴史的背景なども兼ねてできるのでしょうか。

島国であり、いかんせん“世間体”であったり“同調圧力”という言葉がおもむろに蔓延っている日本では、中谷さんや、その友人たちが営む平和なパッチワークファミリー像は、けわしさもあるように思います。

血の繋がっているお父さんとお母さんに育てられていないと、かわいそう!?

では、そのお父さんとお母さんが、夫婦円満ではなく非常に無理をして家庭を保っており、もしくは子育てに関しても世間体のみの愛情しか与えることができなければ!?

縁の繋がりでできたお父さんとお母さんに育てられたら、かわいそう!?

そのお父さんとお母さんが、夫婦円満で、非常に子煩悩であれば、いかがでしょうか?

また例えばシングルマザーのお母さんに育てられたら、かわいそう!?

そのお母さんが一生懸命働いて、働いている間も含めて、保育園の先生や、おばあちゃんや友人、また元パートナーであったり、友人や同僚、またご近所の方など、あらゆる方と良好な関係を築いて子育てを助けてもらっていれば、いかがでしょうか?


あらゆる家庭のカタチ“パッチワークファミリー”が身近に浸透、理解される、そんな優しく賢い世の中を未来につなげたいです。

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2022-06-03
最高難易度の課題を解く糸口

あえて、まとまっていない、整理されていない、そんな自分の考えをブログに綴ってみたいと思います。(~綴ることによって、あわよくば一筋の光が射し込むかもしれないとの想いを込めて~)

ぼくが勤めると言いましょうか、心身のほとんどを据えている、「社会福祉法人伸成会」は、岡山県笠岡市という人口はもちろん減少の一途を辿るまちにあります。人口減少は笠岡市に限らず、日本全体がその傾向であるので、そう驚くことではありませんよね。出生数の減少も含めた少子化、独居高齢者増加も含めた高齢化と、いわゆる超少子高齢化真っ只中な現状です。ただ、そう悲観する必要はないと思っていまして、なにぶん自然の成り行きと言いましょうか、どちらかと言えば日本の国土からすれば人口は多すぎたのでしょうし、高度経済成長時代による地球の環境を根こそぎ使った右肩上がりの資本主義風潮にも限度がきているのはたしかなのでしょう。

そんな時代感覚のなか、笠岡市の舵取りは、もちろん人口減少対策をしようと企業誘致であったりハコモノ建設に向かっているわけなのですが、自動車で30分圏内にある倉敷市や福山市などの中堅都市に挟まれていることもあり、なにぶん理想通りにいくかはサイコロの目を言い当てるより難しいかもしれません。

現在の笠岡市で言えば、国道から南側にかけて人口誘致を狙った政策に励んでいます。とても理にかなっていると思うんですよね。さきほど紹介した中堅都市とつながるバイパス道路に近いですし、生活用品などの買い物ができるお店も集まっています。また細かいお話しをすると、国道から南側は埋め立て地であるので、土地の区画が一戸建てを建てやすい立地条件に整理されているんです。

実はこのあたりから、ぼくの思い悩む要素がじりじりと垣間でてくるのですがね。「社会福祉法伸成会 富岡保育園」が位置するのは、笠岡市で言えば、国道から北側なんです。南側に比べると、歴史も古く、江戸時代の頃は参勤交代の行列が歩いていたであろう情緒あふれる道に面しているわけです。富岡保育園近辺は、当時、長屋を思わすような区画なのです。もう少し説明しますと、道沿いすぐに玄関口があって細長い。つまりは現代社会で、なおかつ田舎町では生活必需品と言っても過言ではない自動車が自宅前に駐車できないのです。

なぜ、ミクロのような問題をマクロに取り上げたかと言えば、笠岡市が田舎町だからです。東京の都心で自動車を持てば、駐車場代だけで、笠岡市のアパート家賃1か月分以上をゆうに叩き出すでしょうし、自動車がなくとも、地下鉄やバスやタクシーなどさまざまな移動手段があるわけです。ただ反面、子育て世代で言えば、おんぶや抱っこをしながら満員電車に乗るよりも、マイカーで保育園に通園する方がよっぽど楽でしょうよ。そのよっぽどを実現できる田舎町、笠岡市にあって、一戸建てを建てたにも関わらず、マイカーが自宅敷地内ではなく、少し歩いた駐車場へ駐車しなきゃなんないと思うとストレスなんですよね。都心の満員電車に比べればストレスはないはずなのですが。また付け添えますと、長屋を思わせる土地区画は、隣の家との距離が僅かなこともあり、解体や改修が非常にしづらいときていますし、なんなら古い土地柄あるあるで、土地代が妙に高かったり、土地の所有者の消息が分からないこともよくある話なのです。

長々と言い訳がましく綴りましたが、つまりは超少子高齢化のまちにあって、笠岡市が頑張って取り組んでいる人口誘致の地域から致し方なく外れているところに、「社会福祉法人伸成会 富岡保育園」があるんですよってことです。

分かりきっていた話しですが、国道より北側、岡山県笠岡市の富岡北地区に住んでおられる住民が減っているので、住所が富岡北地区の園児も減っています。数年前まで120名を超えていた園児も現在は70名程度にまでなりました。ぼくの予測では、5年以内に50名を下回るでしょう。

ただですね、“減る”って羅列していくだけで、悲観的に思われるかもしれませんが、ぼくは事実として冷静に受け止めれば良いと思っています。

超少子高齢化で、なおかつ人口誘致がしづらい地域で、そのうえ園児数も減る見込みのある保育園をどのように運営していくのか?

この最高難易度の課題を解く楽しさは、なかなか体験できないことだと思って、公私そして心身ともに現在岡山県笠岡市富岡605富岡保育園に腰を据えているわけです。

解決の糸口を、実はおぼろげに掴みつつあることも、すこし述べておきたいと思います。それは、『保育園を中心としたまちづくり』かつ『まち全体が保育園』です。この2つをどうにかこうにか融合と言いましょうか、ごちゃまぜに上手く混ぜ合わせることができれば、富岡保育園も、笠岡市の国道から北側にある富岡北地区も未来へ繋がっていけるのではないかと思っていますし、芯のところを言えば、“今、1番おもしろい場所”になるんじゃないかと思っています。


【お知らせ】

6月6日(月)9時30分から、岡山県笠岡市富岡保育園のご近所の田んぼで“泥リンピック”を開催する予定です。計画や準備など、富岡北地区まちづくり協議会の方々などが尽力して下さっています。感謝の気持ちをもって参加させて頂きたいと思います。


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2022-06-02
人類は非常に矛盾した生き物

地球は今、約46億歳だそうです。気が遠くなるほどの悠々な時間を生きているみたいです。ほかの惑星、例えば火星や金星には生物がいないのに、地球だけ“たまたま”いい条件が重なって生命が生まれたんだそうです。

生命が生まれるためには「酸素」が必要のように思いますよね。ぼくたち人類も含めた動物なんかは酸素呼吸していますし。けれども酸素がなくとも生きられる生物はいくらでもいるみたいなのです。

ただね、地球が誕生した当初は、「酸素」がなかったそうなんですよ。ちょっと驚きですよね。

じゃあ、どうやって酸素が生まれたかと言えば、生命のおかげらしいのです。

25億年前ごろから増え始めた「シアノバクテリア」という生物の影響だそうで‥シアノバクテリアは現在の植物と同じで太陽の光と二酸化炭素と水から、酸素とエネルギーをつくり出すことができるそうなのです。

けれどもですね、シアノバクテリアの登場によって、酸素のない世界に住む生物にとっては酸素は猛毒ですから、耐えられずに死滅しちゃったみたいなんです。

しかし‼︎そのなかでも、どうにかこうにか猛毒の酸素に耐えられる生物がいたんです。つまりはそれが、ぼくたちの祖先にもつながると思うのですが‥耐えられた詳しい理由はいまだ分からず、“たまたま”適応できちゃったからみたいなんです。

※参加文献「京大変人講座」


ちかごろの世の中では、二酸化炭素が増えちゃって「環境破壊だー‼︎」と嘆いている、ぼくたち人類がいますが‥25億年前ごろの生命たちは、酸素が増えちゃって「環境破壊だー!」と嘆いていたかもしれないんですよね。

なにが言いたいかって、「いったい何が“正しい”ことなんだい?」ってことです。

この問いに対して、京都大学人間・環境学研究科教授地球物理学 酒井敏先生はつぎのとおり語ってくれています。

ー世の中はなにが起こるかわからないカオスであること。いろいろな出来事の結果として、ごちゃごちゃした現実の世界があるんです。

複雑きわまりない現実を整理して、いろいろな視点から見てみたものが、学問であるとしたら‥逆に「すっきりわかりやすいイメージ」で学問を語るのはちょっとおかしいと思いませんか?

ー現実の複雑な自然界は、大変非効率です。それを整理して効率的にしたものが学問をはじめとする人類の知恵です。ですから、人類の知恵を無視すれば、野生に戻って非効率で危険な生活をしなければならないですし、人間でなくなります。でも、その人間の知恵も、しょせん自然界のごちゃごちゃした世界の一部です。カオスで予測不可能なんです。なので、ある程度、野生の本能に従って無計画に行動することも許容しなければ、今度は生物でなくなります。


酒井先生の言葉をまとめると、『人類は、非常に矛盾した生き物だ』ってことです。そして、この矛盾さに非常に純粋と言いましょうか、素直な存在が、子どもだと思うんです。大人が人類の知恵から持っている“普通”や“正しい”に染まっていないからだと思うんです。

カオスな世の中に、無理して⁉︎“普通”や“正しい”を求めがちな、ぼくたち大人は、しなやかに生きていくために、もっと身近にいる子どもたちから学ぶ必要があるのではないでしょうか。

そんな子どもたちが、まさか自分の職場にたくさんいるなんて‥なんてラッキーな、ぼく。


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2022-06-01
あたしあした誕生日なんよ!

「あたし、あした、誕生日なんよ!」

ひとりの女の子が登園直後に口にしたセリフ。そしてその後も、あとから登園してきたお友だちや、その保護者、また先生たちにも同じセリフを口にしてしていた。

すると、もうひとりの女の子が口にしたセリフは‥

「あたしは、きのう、誕生日だった!」

そして、すこし余韻のある間を置いて、その母親が‥

「きのう、たくさんの先生たちやお友だちに“おめでとう”と言ってもらったみたいで、家で喜んでいました。ありがとうございました。」


富岡保育園では、4.5年ほど前くらいでしょうか(すこし記憶が曖昧なところがあります)毎月開催していた“誕生会”をやめました。なぜやめたのかについて、副園長ブログで言及した記憶も曖昧になってきましたので、本日お話ししたいと思います。

当時、毎月きまった日に、ひとつの会場に全園児と全保育者、そして誕生月の保護者をお招きして開催していました。誕生月の園児をステージでインタビューして会場のみんなでお祝いしたり‥その後は誕生月の園児も交えながらの演劇や合奏などの出し物であったり、保育者が前もって準備や練習を重ねた出し物を披露していました。もちろん僕も何度も誕生会の担当にもなって、あらゆる趣向を凝らして誕生会を皆が楽しめるように努力していました。ヒーローショーをしたこともありますし、流行りのダンスをしてみたこともありますし、保育者らしく可愛いペープサートや人形劇などもしたこともあります。準備や練習は大変ではありましたが、やり終えますと達成感や満足感もひとしおでした。

あらかじめ言っておきますと、誕生会を批判しようとしたり、派手な出し物を批判しようとしていたり、保育者の自己満足を批判しようとしているわけではないことを、まずは誤解のないようにお願いします。


ただ、やめるキッカケとなった当時、「一斉保育」からの脱却をすすめていたこともあり‥0歳〜6歳の子どもたちが、登園時間もまちまちのなか、それぞれ好きな場所でお友だちとそれぞれに遊んでいるにもかかわらず、命の危険などが迫る緊急性をともなわないことで、一斉に遊びを中断させて誕生会の会場へ集めることに対して、疑問が生じはじめていました。

また保育者や保護者にとっては、成長した姿を写真やビデオにおさめる絶好の機会かもしれませんが、会場には子どもと大人合わせて100名を超えるほどにいて、その前に立ってインタビューを受けるってどうなんだろうか?大人でも緊張するはずなのに、子どもだからって簡単にできると思っていないだろうか?

ひとつ疑問が生じると、『そもそも、なぜ誕生会をするのだろうか?』と、目的を磨き直す機会にもなったんです。

“お祝いすること”であったり、“成長を認めること”が本来の目的であれば、毎月一斉に会場へ集めなくとも他の方法があるのではないか?

そこで、日々の暮らしを大事にしながらもできるお祝い方法として‥“ひとりひとりの子どものそれぞれの誕生日の日にお祝いの言葉や気持ちを十二分に伝えること”を富岡保育園では実践することになりました。

なんだか当たり前のような実践方法なのですが、個人的には意外にも当たり前でない気がするんです。なぜかって、出し物に趣向を凝らしていた当時は、全園児の誕生日当日にお祝いの気持ちを込めることができていなかった気がするんです。写真やビデオやプレゼントなどのカタチに残るものに一生懸命ではあったのですが、肝心要のキモチの部分がないがしろにされていたようにも振り返ります。

※富岡保育園では、毎月のおたよりに、誕生月のお友だちの紹介をメッセージつきでおこなっています。家庭や保護者の前で見せる姿とはひとあじ違った園生活での姿を赤裸々に綴っています。


「あたし、あした、誕生日なんよ!」と教えてくれたお友だちも含めて、ありのままのみんなをお祝いしたいですし、お祝いできる幸せを喜びとしたいと思っています。


あしたが待ち遠しいですね。


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2022-05-31
その常識って正しいのか?

舘野鴻さん「私もうんこをします。そして、実験上の必要性から“オレフン”(自分のうんこ)でオオセンチコガネやセンチコガセを飼育することになりました。普段は自分のうんこなんて、じっくり見るとこはないし、匂いを嗅ぐこともない。そんなの常識。でも、その常識って正しいのか?本来ならば、動物のうんこや死体はさまざまな生きものの大切な資源だということは、現代の暮らしではなかなか想像がつきにくいかもしれません。人はいつのまにか、自然界の資源のやり取りから切り離されるどころか、資源を一方的にしぼり取るだけの生きものになってしまいました。」


舘野鴻さん「資源の循環ということを考えたとき、私はふとアホなことを思いつきました。オオセンチコガネを食べる。食べれば、この虫は私の血肉になる。そして実行しました。食べたのは蛹(さなぎ)。昆虫食の専門家に聞いたところ、幼虫や成虫はお腹の中に未消化のうんこがあって、それが人の体に害があるかもしれないとのことでした。どんな虫でも食べていいわけではないのです。茹でて食べたその味は‥とうもろこしのように甘く香ばしく、土臭さ、そして生臭いものでした。でも食べられました。オノのフンを食った成虫の子をオレが食う。小さな資源循環がそこにありました。とはいえ、自分が丁寧に育てた蛹を食べるのはとても悲しく、つらかった。それが食べる、ということなのかもしれません。」


連日、「月刊たくさんのふしき6月号~うんこ虫を追え~」舘野鴻さん文・絵のあとがき部分をご紹介してみました。作者の深い考察力と、熱い実行力に、ついつい何度も読み返してしまうんです。

※発行所「株式会社福音館書店」です。


さて早朝、花壇に水やりをしていますと、舘野さんの足元にも及びませんが、間違いなく影響は受けているんですよね、いつもより目を凝らしている自分がいました。すると、いつも目にしない、よく分かんないような虫が葉っぱに擬態してとまっていたりするんです。意地悪にも、あえて擬態化している虫に水をかけてやると、なかなか落っこちないんです。あんな小さな体にもよっぽどの力が潜んでるんだろうなと思うわけです。


たまたま花壇で見かけた、ひとつの植物が気になって園庭長(花壇などのお世話をして下さる)に聞いてみると‥

園庭長「あれはね、わたしが植えたんじゃないのよ。たぶんどこかの鳥が、山で何かを食べて、それでそこ(花壇)でうんこでもしたんじゃないかな。うんこの中に種が入っていたんじゃない。なんて名前の植物かわたしも分からないんよ。」

園庭長「花壇も人間が手入れしているから、自然なようで人工的なんだけどね。こうやって、鳥とかがうんこして落としてくれた種が実ったりすれば、自然に近づけるようにも思うのよね。」


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2022-05-30
うんこ虫

ある人物から、「とにかくコレ読んでみて!」と、非常に勢いよく一冊の本を手渡されました。そしてそれはそれは瞳を非常にキラキラさせながら勧めてくださるものですから、読まないわけにはいかないですよね。

小学生あたりを対象につくっているであろう、福音館書店が手がける「月刊たくさんのふしぎ」の6月号がぼくの手の内にあります。表紙には艶やかな紫色をした虫が一匹。このキラキラ輝く虫の正体は、オオセンチコガネだそうで、なんとこの虫の大好物は‥うんこ。6月号のタイトルは‥「うんこ虫を追え」舘野鴻さん、文・絵。

とにかく作者である舘野さんは、オオセンチコガネ、通称うんこ虫に魅了されて、観察に観察を重ね、仮説を立てては実験して、失敗や成功を繰り返していくんです。どんなうんこの好むかを調べるにあたっては自分のうんこだって使うわけですし、それに草や葉っぱを配合するときにはうんこだって触るわけです。

卵をどんなところに産むのか、卵から幼虫、そして蛹(さなぎ)になるにはどのような環境が適しているのか‥知れば知るほどに謎は深まっていき、そしてどんどんと楽しんでいるんです。蛹になる瞬間をとらえるために徹夜しては、睡魔に負けて見逃した場面なども鮮明に描かれていました。


さて、こちらは保育園の公式ホームページ上ですので、うんこ虫についての詳細は、ぜひ「月刊たくさんのふしぎ6月号~うんこ虫を追え~」をお読みくださればと願います。

ただね、作者である舘野さんのあとがきを少しだけ紹介させてほしいのです。

ー草も虫もケモノも、産まれて死んでいくのはみな同じ。嫌いだった虫も「何をしているんだろう」とか、「頑張ってるんだろうな」とか、そんなことをふと感じた瞬間に、ちょっと愛おしく見えてくるものです。虫だけでなく、身の回りにある全てのものでも、「知りたい」と思ってじっくり観察をしていると、観察対象は自分にとって特別なものになり、不思議と輝いて見えてきて、そこから自分がそれまで知らなかったあたらしい世界が見えてきます。これは本当です。


舘野さんの観察眼は、富岡保育園が努める保育実践「見守る保育」の観察眼に等しいように思うんです。自分にとって分からない子どもがいれば、「知りたい」と思ってじっくり観察する必要があります。また逆に、この子どものことは分かっていると思ってしまっているようであれば、じっくりと観察ができていないんだと思うんです。なぜかって、知れば知るほどにワクワクするような謎があるはずだからです。

本の紹介をしてくださった富岡保育園園長先生、素敵な虫と作者とその観察眼との出会いを、ありがとうございました。


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2022-05-29
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